【鉄道・乗り物ファン必見】ロンドン交通博物館~その⑦~

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自動車が普及し始めた頃、免許は無く、ほとんどの自家用運転手は訓練を受けたことがないまま運転しているという状況でした。

自動車が主流となった1929年には、交通事故が多発していたそうです。

1934年にようやく運転免許試験、ハイウェイコード、都市部での時速30マイル(48キロ)の速度制限が導入されました。

信号機、横断歩道、歩行者優先なども導入されていきます。

 

 

1930年頃の絵葉書

当時の交通事故発生件数は非常に多かったそうです。

 

 

タバコ会社の交通安全イラストカードアルバム

1930年代、タバコ会社はタバコの箱にさまざまなテーマのイラストカードを添えていました。

このカードを集めると、イラストが描かれたアルバムをもらうことができたそうです。

 

 

信号機

1914年にアメリカで開発された電気信号機は、1929年にロンドンに導入されました。ピカデリーに設置された当初のものは、シグナルマンと呼ばれる人が操作していたそうです。

1932年、最初の自動信号機が登場。道路に敷かれたゴムパッドの上を車両が走行することで作動するものでした。

 

 

道路標識

1930年代、全国に道路標識が導入されます。

写真の標識は、この先道路が狭くなり、トラム(複線)と縁石の間に挟まれる危険があることを警告する標識です。

 

 

 

歩行者用ビーコン

1934年、歩行者用横断歩道の目印として、ストライプのポールに大きな黄色い球体の点滅灯が設置されたのが始まりです。

運輸大臣レズリー・ホア=ベリシャの名をとって、ベリシャ・ビーコンと呼ばれました。

当初、横断歩道は銀色の金属鋲で路面に表示されていました。現在の白黒のゼブラゾーンは、1950年代から登場します。

 

 

チャリングクロス埠頭, 1907年

チャリング・クロス埠頭を写したポストカード。LCC(London County Council)の新しい電気トラムも見えます。このトラムは50年近く運行されましたが、運行は1908年に終了しました。

 

 

 

20世紀初頭、サイクリングは基本的に中流階級の人々の趣味でした。

ところが、1920年代には、自転車の大量生産により価格が下がり、一般市民にも手が届くものとなります。

多くの人が仕事やレジャーのために、安価で手軽な個人移動手段として自転車を利用するようになりました。

自転車乗りに向けて作られたポスター, 1938年

 

 

グレートウエストロードといった新しい幹線道路沿いにできた工場へは、自転車通勤が一般的でした。

ロンドン郊外にあるこの工場で働く労働者のほとんどが、自転車に乗っていました。

 

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