【鉄道・乗り物ファン必見】ロンドン交通博物館~その②~

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1830年代から40年代にかけて、ロンドンへの幹線鉄道が次々と建設されます。

新しい路線を建設するために、多くの建物が取り壊されました。新しい路線、駅、ヤードの建設に伴い、貧しい人々を中心に少なくとも10万人のロンドン市民が家を取り壊されたそうです。鉄道会社には、それらの家を再建する法的義務はありませんでした。

その被害を最小限に抑えるため、ロンドン議会は鉄道会社がロンドンの中心部まで路線を伸ばすことを禁じました。

 

ロンドン&ブリミンガム鉄道の建設の様子

 

 

ロンドンのビジネスの中心地である「シティ」へのアクセスを向上させることは、ロンドンのどの鉄道会社も目指す最大の目標でした。

1855年に、シティの弁護士(兼、改革運動家)であったチャールズ・ピアソン(Charles Pearson)によって、パディントン、ユーストン、キングスクロスとシティを結ぶ計画が提案されます。

1860年に建設開始。この計画が後のロンドン初、そして世界初の地下線であるメトロポリタン鉄道に発展します。

 

チャールズ・ピアソン(Charles Pearson)

 

ピアソンの計画の図面

 

 

イギリスに初めて路面電車を導入したのは、ジョージ・フランシス・トレイン(George Francis Train)です。

 

 

1862年に、数か月間、短いデモ用路面電車を走行し、年末までに3路線が首都に開通しました。

 

 

The People, 1861

ピープルは、ロンドン2号線、ウェストミンスター・ストリート鉄道で使用されていた1階建ての馬上トラムです。

ヴィクトリア駅からウェストミンスターまでの800メートルを2ペンスで移動することができました。

 

 

路面電車は、レールを高くすることにこだわり(写真左)、道路を走る他の車の妨げになっていました。

その後、路面と同じ高さに敷かれた溝付きレールが路面電車に使用されるようになりました。

 

 

チャリング・クロス駅の様子、1864年

 

 

The Railway Station. 1864年

パディントンのグレート・ウェスタン・ターミナルの様子。家族と一緒に旅をする裕福な父親が描かれているそうです。

 

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