ローローダータクシー, 1936年
ロンドンの初期のモーターキャブは、ほとんどがフランス製でした。
イギリスの産業を保護するために導入された関税(33%)により、法外な値段になったため、
オースチン・モーター・カンパニーは1930年、同社の人気車種である12/4サルーンカーをタクシーに改造。4年後には改良型の「ローローダー」仕様が登場しました。
安価で信頼性が高いこのタクシーは、当時のロンドンで最も人気のあるタクシーとなりました。
ロンドンの黒塗りタクシーは、’Conditions of Fitness’ という、デザインの厳密な制約があるそうです。
これにより、認可された車両の安全性と乗客の快適性がある程度統一されました。座席の数や位置、運転席と助手席の区分け、後部座席の照明などが規定されました。
1907年からは、すべてのタクシーにタクシーメーターと呼ばれる装置を取り付け、運賃を統一することが義務づけられました。
キャブ(Cabs)はタクシキャブ(taxicabs)と呼ばれるようになり、それが短縮されてタクシー(taxi)と呼ばれるようになります。
その後、20年間はほとんど規則が変わることはなく、現在も施行されています。
オースチン社は1930年に最初のタクシーデザインを発表し、すぐに市場でのシェア1位になります。
1934年に登場したLL(ローローダー)モデルは、乗客がより簡単に乗車できるようにさらに改良。この成功により、オースチン社はその後数十年にわたり、タクシー製造の第一人者としての地位を確立しました。
対空砲火の練習にローローダーを使うホームガード・ロンドンタクシー大隊の隊員たち, 1940年頃 第二次世界大戦中
タクシーは消防隊や救急車としても使用されていたそうです。
バス、タクシー、電車の速度を比較した地下鉄のポスター, 1923年
タクシーはバスより速いですが、ロンドンの一般市民にとっては運賃は決して安くないものでした。
ピカデリーサーカス, 1933年
数台のオースチン車を含むタクシーが写っています。自家用車が本格的に普及するのは、第二次世界大戦後。
1920年代から1930年代にかけて、ロンドンのタクシーは「Public Carriage Ofiice」によって厳しく規制されていました。
当初は走行距離を計測するメーターなんてものはなく、運賃はだいたいで請求されており、運賃をめぐってのトラブルが頻繁に起きていたそうです。
タクシードライバーは免許制。
その免許取得の試験は「街のレイアウトを熟知していること」を証明するもの…つまり、ロンドン中の通りの名前を覚えること!
ロンドンでは各通りに、それぞれ細かく名前がついています。(狭い小道だろうとしっかり名前がついています)
それを全て暗記するのだから、難易度の高い試験です…(;’∀’)
タクシーは、個人や小規模な家族経営で運営されることが多かったそうです。
1933年にロンドン交通局が設立。首都圏のバス、路面電車、地下鉄の運行を一手に引き受けることになります。
色やバッジで部署や階級を表す、軍服のような標準的な制服が導入されました。企業の一体感や、組織のアイデンティティを強く印象づけるものとなっています。
バス・ユニフォーム
1934年に導入されたセントラルバスの濃紺の車掌ジャケットを再現したもの。
シルバーのボタンと、手信号を明確に伝えるための白いカフスが特徴的です。
車掌はエナメルのライセンスバッジを付けています。ベルパンチマシーン、木製チケットラック、革製キャッシュバッグなど、当時の装備品までしっかり再現されています。
制服のバッジ
当時、バスの車掌は、郵便配達や機関車の運転手と同様に、子供から人気のある職業だったそうです。
ジグソーパズル、バッジなどのおもちゃも販売されていました。
大型バスブーム
1930年には、バスは最もポピュラーな交通手段となり、ロンドン市民のバス利用は年間20億回近くに達するほどまでになりました。
バスは、屋根付きデッキや空気入りタイヤなど、より快適な乗り心地を求めて急速に改良されていきます。
郊外や田舎のバス路線が新たに開設され、高速バスサービスも導入されました。
LGOC K型モーターバス, 1919年
1台46人乗り。タイヤはソリッドゴム製で、乗り心地はかなり悪いそうです。
LGOC NS型モーターバス, 1923年
NS型はフレームが低く、幌付きのトップデッキを装着しても転倒しにくい構造になっています。
GOC.STL型モーターバス, 1933年
1930年代のロンドン交通の一般的なバスとなった2階建てバス。1935年には、燃料がガソリンからオイル(ディーゼル)へと移り変わっていきました。
今回その⑦記事はここまでです。
写真・紹介する展示物が多いため、また次回記事に続きます!
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