メトロポリタン鉄道の断面図、1860年
鉄道はメリルボーン通りの下にあり、通りの両側には階段が設置されています。
1863年1月10日、メトロポリタン鉄道の開通初日には、どの駅も長蛇の列となり大成功を収めました。
開通から半年で、毎日26,000人以上の乗客がこの鉄道を利用しました。
ベーカー・ストリート駅、1860年代
ベーカー・ストリート駅は1863年に開業。
絵に描かれている2本のプラットホームは、現在も使用されており、運行開始当時とほぼ同じだそうです。
ケンジントンからウェストミンスターまで、新しいテムズ川堤防の下を走る2本目の地下線、ディストリクト線の計画。
これは、新しい南幹線とシティーの駅を結ぶものでした。メトロポリタン鉄道の延長線と合流することで、1つの環状線地下鉄道が誕生することになりました。
ディストリクト線の最初の区間は1868年に開通。1870年には2つの線が合流し、馬蹄形の共同地下鉄道が完成しました。
しかし、サークルの完成は遅々として進みませんでした。1884年に「環状線」が完成するまでに、14年の歳月を要しました。
地下鉄事故, 1866年
地下で蒸気機関車が稼働していた42年間に起きた唯一の死亡事故。
1866年にスミスフィールド市場の建設作業員が鉄の桁を落下させ、警備員と乗客3名が死亡した事故です。
チャリングクロスの堤防、1867年
エンバンクメントは、ロンドンの新しい下水道と排水菅(中央)と、それに沿って1868年に開通したディストリクト線(左)を取り囲んでいます。
ハンガーフォード橋の上を本線鉄道が走り、チャリングクロスへと続いています。
1872年3月、ボートレースの日に撮影された混雑した駅のホーム
ックスフォード大学とケンブリッジ大学のボートレースを観戦するため、様々な階級の乗客で混雑している駅のホームの様子。
チャリング・クロス地区鉄道駅
1894年、チャリングクロス(現エンバンクメント)駅に入線する蒸気機関車を撮影した写真。
このようなガラス屋根を持つ1860年代のオリジナルの駅は、今でもパディントン、ベイズウォーター、ノッティングヒルのサークル線で見ることができます。
現在のノッティングヒルのサークル線
ヴィクトリア朝の階級構造は、鉄道にも反映されていました。
座席は、安価な3等席の硬い木の座席から、高価な1等席のクッションがついた布張りの座席まで、1等、2等、3等に分けられていました。
ファーストクラス(1等席)の様子
1890年頃の地方鉄道の一等車内のイラストです。
次の到着駅を表示するパネルがありましたが、正確性に欠けるもので、乗り過ごす人が続出していたそうです。